速読は本当にできるのか?読書を続けて至った結論
こんにちは!
速読、誰もが憧れ、習得したいと考える読書の技術だと思います。
1冊10分で本を読み終えてしまうことができる。だとか、
飛ばし読みは速読ではない!とか
速読について色々な話を聞きます。
今回は、去年から読書を続けてきてわかった。
速読ができるのかということについて書き残しておきます。
早く読むと理解力が下がる?
先日、早く読むと内容をしっかり理解することができない。
という研究があることが紹介されていました。
その研究の詳しいところは知らないのでなんとも言えませんが、
確かにいつもより早く読もうと決めた本を、
後から再読してみると、どうにも読み飛ばしたとしか思えないほど、
内容を覚えていない部分があります。
もちろん、一字一句すべてを覚えることは不可能ですが、
だとしても、ある程度文章を読んでみると、おぼろげにも流れくらいは思い出せるはずです。
速読の本には、文章を頭の中で音声化することが早く読むための障害になっている。
という考えがあります。
それを克服するためには、文字を頭の中で音声化するのではなく、
視覚のみで、文字からイメージを想起して読んでいくのだそうです。
それができないうちは、音声化せずに読むと、内容の理解ができない。
といったことにつながるようです。
速読の本を、何冊か読んでみたのですが、
確かに頭の中で声にして読んでいたので、その音声化を止め、
文字からイメージを連想できるように試して読んでいます。
ところが、やはり今まで音声化していた習慣をやめ、
いきなりイメージして理解するという方法ではしっかりと内容を理解することができませんでした。
簡単な文章ならできる
しかし、一方でこうも感じます。
例えば、専門用語が頻繁に登場するようなものでは、今まで聞いたことがない言葉や概念なので、当然自分の中にはイメージがありませんが、
犬や猫、信号といった、身近で普段から良く目にしているような言葉は、
確かに音声化しなくとも読めるような気はします。
このことから、やっぱり簡単な言葉を使って書かれた文章であるなら、
速読はできるのではないかと思います。
1冊10分で読める。と謳っているような本では、そのことを表紙では説明していません。
おそらく、どんな文献でも速読ができるというわけではないのでしょう。
やはり、初めて読む分野の本に対しては、
そこで登場する、単語のもともとの意味を知らなければ、
文章の意味を理解することができません。
早く読もうとすると理解できなくなる
また、早く読もうとすると、そのことに意識が向いてしまって
内容の理解がだんだんとおろそかになっていくこともあります。
早く読むためには、目の動きが早くなければなりませんが、
そうするとどうしても認識することができないことがあります。
早く読みたいのに、この部分を読むことができなかった。
文章が途切れ途切れで何を書いているのかよく分からない。
ペースを落としてしまうと意味がないし、
どうすれば良いだろう?
というような事態に陥ることもしばしば。
速読は不可能なのか?
どうやら、いきなり速読をしようと思って本を読んでも
そう簡単にうまくはいかない。というのが結論です。
文章を読む速さと、内容の理解の深さはトレードオフで、
速読。という言葉が、万能でどんなことでもすぐに読めて簡単に理解できる。
という魔法のようなものではないのだと思います。
が、どんなことにも慣れがあるように、
自然と文章を読むことが習慣になっていると、文章を読む速さは向上すると実感しています。
今の自分は、1年前の自分よりも間違いなく読書量は多いですし、
読む速さも上がっています。
疲れてくると雑な読み方になって内容が頭に入ってこなかったり、
やっぱり専門用語が出てくる本では理解できていないなと感じれば
ゆっくり、ペースを落として読むようにしています。
読書も習慣として行っていれば、慣れてくると確かに速読に近いものになっていきます。
まだ、社会人の一歩目なので、これからもたくさん本を読んでいきたいです。